成功? それとも失敗?

先週末のこと、おやつ作りに我が家の娘がチャレンジしました。選んだのはティラミス。彼女がYouTubeで見つけたレシピに挑戦することに決めました。完成したティラミスを一口食べると、娘は何やら渋い顔。どうやら納得がいかないようです。私も試食してみると、ティラミスと言われればそうかな~?という味でした。

 

その後も娘は「この味は何か違う」「うーん」と繰り返し考え込んでいました。そんな時にふと思いついたのが、失敗したときの個人の捉え方についてです。失敗の捉え方には、自己の認識と他者の認識で異なることもありえます。

 

たとえば、以下のようなパターンがあります:

 

ごく単純に分けてもこれだけのパターンがあります。

それだけでなく自己認識も時間が経つごとに成功と失敗を行き来する(変化する)ようなこともありえますし、他者の認識というのもその相手によって変わります。今回の事例で言えば、私の評価と妻の評価は大きく違っていました。

 

妻と評価の参照点について話した時に気づいたのは、私たちの評価の基準が異なっていたことです。私は小学生が初めて一人でティラミスを作ったことを参照点にして評価していましたが、妻はプロのパティシエがつくるティラミスを参照点にして評価していました。そして次女も、自分の記憶にある市販品のティラミスを基準にして「この味は違う」と感じていたようです。

 

評価の一貫性を保つためには、参照点の共有が欠かせません。評価基準の一貫性がないと、個々の努力や成果が正しく認識されにくくなります。評価を行う際には、参照点を明確にし、相手の立場や背景を理解することが不可欠です。

 

評価は単に成功か失敗かという二元的な問題ではありません。自己評価と他者評価が交差する場面では、さらに複雑性が増します。たとえば、自分では成功したと感じていても、他人から見れば失敗と評価されることがあります。反対に、自己の厳しい評価に対して、他者は成功と捉えることもあります。

 

私にとっては各自の期待や経験がどのように日常の評価に影響するかをあらためて知る機会になりました。対話の中でそれぞれの参照点を理解し、その参照点の背景を探ることで視点の多様性も持つことができます。

私自身、娘の意欲を尊重し掻き立てるためには、柔軟な視点を持つべきだと感じました。

 

その娘はというと、ティラミスの改善についてまだ思案中のようです。彼女のチャレンジを見守りながら、私も関わる方との参照点の違いを探求しつづけたいと思いました。

2024/06/02
writer

堀田 誉

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